Posted by daisco on : 2010.08.06. 14:11:00
8月6日はおかんの誕生日。
終戦記念日なので、テレビをつけると暗い顔をしている人が多い。
おかんの昔の頃の写真を見ると、変なパーマをかけてた。
おとんにそのときのことを聞くと、「イヤだったけど言えなかった」そうだ。
おかんとおとんは、足が早い。
小学校の頃、二人三脚のリレーでごぼう抜きだったことがうれしかった。
おかんは35歳のころ、「ビートたけしのスポーツ大将」に出た。
スペシャル版で、東海予選は豊田市で、予選を通過して、全国大会は東京。
種目は短距離100m。
全国大会では3位くらいだったかな。
コカール君が走っていたことと、井出らっきょがカメラに土下座してた記憶がある。
その後、たけしが捕まって番組もなくなったけど、いい思い出だ。
ちなみに、両親は足が速いのに、自分は遅い。妹も遅い。
時は過ぎ、私が豊橋で一人暮らしをしてた頃、ネコをもらった。
黒猫で、名を「たなか」と言う。
しばらく一緒に住んでたが、ノミがわいたり、痒くなるので、実家に持って帰った。
おかんは怒って、「どっかに捨ててきな!」と言っていた。
実家に帰るたびに「誰かにあげちゃうでね」と言っていたが、トイレやネコじゃらしなどのグッズが増えていた。
ネコの飼い方という本も増えてた。こういうのはおとんの仕業だ。
たなかはおかんになついていた。
たなかが悪さをすると、おかんは叱る。
だいたい「たなか!」と叱るとシャーッと逃げていくのだが、
まれに「さとこ!」と、間違えて妹の名前を呼んでいたことも今では懐かしい思い出だ。
その場に妹がいなかったのが救いだ。
ある日、たなかが道路の向こうから、おかんとおとんを見つけてこっちに走ってくるときに、トラックにぶつかって天に召された。
私は帰ってからそれを知ったが、仏壇の前に発泡スチロールの箱があったことを覚えている。中は見ていない。
おかんは一週間くらい悲しんでいた。たなかと間違えられた妹も心配してた。
最近聞いたのだが、たなかが死んで一週間くらいは、
「お昼に家に帰るたびに涙が出てきてねぇ。
おじいさん(おかんの父親)が死んだときも涙が出なかったのに」
と、食事ものどに通らなかったようだった。
余談だが、おばあちゃん(おかんの母親)は、「ネコは悪さするであかんだ」と、ネコを目の敵にしている。
自分は、大学を中退したし、バンド活動やって就職しなかったり、最近もいろいろ迷惑をかけていて、もうちょっと孝行したいと思うが、なかなかできていない。
今日も誕生日だが、送別会があるし、実家には行かない。
Tシャツを作ってあげるつもりだが、まだデザインしていない。
こうして、なんとなく日々が過ぎていくけど、それもまたいいかな、と思ってる。
誕生日おめでとう!